学力は遺伝で決まる?

現代の子どもたちは小学生になると様々なテストや検定などで、学力が数値として出されるようになります。そして、その中で「勉強ができる子」と「勉強が苦手な子」とが生まれることになります。

塾講師として15年以上子どもを指導してきましたが、同じように教えても理解の早さには差があることは実感できます。ではなぜ差がつくのでしょうか?生まれつきなのでしょうか?それとも、教育によって変わってくるのでしょうか?今回は「学力は遺伝で決まるのか」という疑問について考えてみたいと思います。

学力は遺伝が5割、環境が5割

学力とIQ(知能指数)は高い関係性があります。ここではIQ=学力として話をすすめていきます。さて、IQと遺伝を研究したものとして次のようなものがあります。

双生児研究法
双子を比較した研究。
一卵性の双子は遺伝的に100%に同一ですが、二卵性の双子は50%の遺伝子を共有しています。この比較により遺伝とIQの関係性を得られます。

双生児研究によると一卵性の双子のIQの相関係数は0.90(非常に強い相関がある)に対して、二卵性双生児の相関係数は0.50(相関がある)となりました。
双子は育てる環境に違いがないと考えることができるので、IQは遺伝の影響を受けていることになります。この研究ではIQは遺伝するという結論が得られました。

一方で、一卵性の双子のIQが片方が112で片方が96と大きく差が出た例があります。同じ遺伝子にもかかわらず、24ものIQ差が生まれたのは、与えた教育レベルの違いによるものという報告がされています。つまり、環境によってIQは変わるということになります。

遺伝は成長過程で徐々に発現する

遺伝によるIQはどの段階で決まってくるのでしょうか。この影響を見る研究として、養子研究法があります。

養子研究法
養子になった子と養い親、産みの両親のそれぞれのIQの相関関係を比較した研究。
養子は養い親との血縁関係はないですが、直接養育を受けます。
一方で、本当の両親とは遺伝のみの影響をうけることになります。これにより環境と遺伝の関係を得られます。

この研究では、養子が幼いうちは、ある程度の養い親とのIQの関係性が見られます。つまり知的な親に育てられると養子のIQも高くなる可能性が大きいです。しかし、養子が成長すると、この関係はだんだん薄れてきます。養子が成長し、中学生~高校生になると、養い親とのIQの関係はまったくなくなってしまいます。

養子と本当の親の相関関係はどうかというと、養子が幼少の頃こそ関係性は低いが、成長するに伴って関係性が高くなります。
養子が一定の年齢に達すると、一緒に暮らしている普通の親子間の相関係数との差が見られなくなります。

この研究の結論としては、幼少期は子どもの環境によってIQは変化するが、成長していくにつれて遺伝による影響が大きくなってくるということになります。

親が子どもにできること

IQは環境と遺伝が影響していることがわかりましたが、では親が子どもにできることはどういったことがあるのでしょうか。成長するにつれて遺伝の影響が大きくなるのであれば、親が与える環境には意味がないのでしょうか?
これは私の考えですが、遺伝の影響が大きくなるからといっても、子どもの学力を含めた能力にはそれを発揮できる環境があるかどうかで違いがでます。

近年、遺伝には「エピジェネティクス」と言われる仕組みがあることがわかってきています。生物の持っている遺伝子は変わらないが遺伝子が発現するON・OFFの傾向は後天的に変わり、遺伝するとのこと。今から研究が期待される分野ですが、自分でも気づいていないOFFになっている資質に気付きONになる可能性があるということです。日々の行動で遺伝子から変えられる可能性があるというのは大変明るく前向きになれることではないでしょうか。

子どもの能力を発揮できる環境を作り、子ども自身が自主的に計画・実行すること、それを応援してあげてください。次のような取り組みがオススメです。

①たくさんの経験をさせる

自分の興味があることや熱中できることはやってみないとわからないものです。子どもの才能を発見しやすくするために、それに出合うまで、できるだけさまざまな経験をさせることです。なるべくたくさんのホンモノに出会い、たくさんの人に影響をうけることが自分の熱中できることみつけるきっかけにつながります。自然の中でめいっぱい遊ぶ、家族旅行に出かけ様々な場所に行く、旅行の細かいスケジュールを計画してもらう、興味のある動植物や建物などに出合ったら写真に撮ったりスケッチする。ここでは書ききれないくらいさまざまな体験はあるでしょう。大切なことは、生き生きと自らが求めて行動できることです。

②規則正しい生活をする

規則正しい生活は、活力を生み出します。ベネッセ総合研究所の調査によると、規則正しい生活をしている子どもほど学ぶ姿勢が身に着くことが明らかになっています。最近では中学生~高校生になると自分のスマホを持ち友達と手軽に連絡が取れます。また、SNSのゲームは終わりがなくいつまでもやってしまいがちです。結果、深夜になってもずっとやっているということもしばしば耳にします。そのような習慣になってしまうと、授業中に居眠りをしたり、宿題をする時間が取れなかったり、授業にも集中できなくなります。もしも子どもが不規則な生活をしているようでしたら、しっかり話し合って改善するように根気よくサポートしてください。

③本や図鑑をすぐ手に取れるようにしておく

最近はデジタル化がすすみ、タブレットやスマホなどで本を読めるようになっています。インターネットで検索をすれば詳しい動画やきれいな画像もすぐに見ることができます。一方でリビングに本があるというのはそれとは別に意味があります。気軽にふとしたときに手に取って読む、または普段から目にすることで本に興味がわくこともあります。また、定期的に子どもと一緒に図書館へ行って、親子で本を借りてくるのもオススメです。子どもに読書をしてほしいと願うのであれば、親自身が読者家になることが最短でもっとも効果的な方法です。

④親自身が好奇心を持ち何事も学ぶ姿勢でいる

親自身がいろいろなものに好奇心を持ち、学ぶ姿勢を持っていると、それはダイレクトに子供に影響を与えます。自分で考え、学ぶ姿勢は学力だけではなく、スポーツや生活、将来の進路などすべてに活きるものです。新しいことに挑戦し、わからないことでもどんどんやってみるという姿を子どもに見せてあげてください。

⑤マジックワードによる声かけ

教育デザイン研究所代表 石田勝紀先生の著書「同じ勉強をしていて、なぜ差がつくのが?」より子どもの頭脳をアップデートする方法が紹介されています。マジックワードと呼ばれる声かけをすることで、子ども自身が考える癖をつけることをわかりやすく解説しています。そのマジックワードには次のようなものがあります。

子どもの頭脳をアップデートするマジックワードの一例
■「なぜ?」
■「どうして?」
■「例えば?」
■「要するに?」

このような言葉をかけると、どのような効果があるのでしょうか。

「あなたの住所はどこですか?」と聞かれると「〇〇県〇〇市〇〇・・・」と少し思い出しながら答えることでしょう。この問いに答える際に使われているのは「知識」であり、覚えていることを口にしているのです。つまり、考えているわけではありませんね。
一方で「どうしてそこに住んでいるのですか?」と聞かれると少し考えながら頭のなかで「どうしてだろう・・・?」と考える時間が必ずあるはずです。このように、人は「なぜ?」「どうして?」と聞かれると頭が回転し、考えるようになるのです。これを利用して、新しいことを教えるときには「なぜ?」「どうして?」と聞いてみてください。間違っていても自分なりに答えを出す癖がつくようになっていくはずです。「わからない」という返答が来たとしても、頭は一度回転しているのでそれで効果はあります。

また、物事というのは一見違ったように見えても何かしら類似性や共通性があるものです。何かの話をしたときに、「例えば?」と聞くことで、聞かれた方は自分の経験から似た話を考えます。そのときに、頭は具体的な思考から一段上の抽象的な思考に移っているのです。

具体的とは「新井さん」や「田中さん」、猫の「きなこ」など目の前に見えている人やモノです。「新井さん」や「田中さん」は背や年齢も違えば髪の長さから声など、違うところはたくさんありますが、これを一段上の「ヒト」としてみると、共通性が出てきます。また、「ヒト」と「ネコ」は同じ哺乳類ですし、「哺乳類」と「昆虫類」は同じ「生き物」です。

このように一見違うモノでも、一段上、一段上とみていくとどこかで共通性があるものです。これが、抽象的な思考ができるという状態です。

抽象的な思考ができると、さきほど例にあげた「生き物」という「ツリー」の上から物事を見渡せることができるので、新しいことでも「ああこれは、あれと同じなんだな」と他との類似性をみつけて頭で「理解」することができます。学力があまり高くない子どもはこの抽象化能力が低く、目の前にある具体的なことだけを考えてしまう傾向にあります。また、抽象化能力が低いと「あいつ」は「自分」と違うと認識し、いじめにも発展しやすくなります。

抽象化能力を高めるには「例えば?」「要するに?」といった質問を日常的にし続けることが大切です。だんだんと人に問われなくても、自ら類似性や例えをみつけることができるようになっていきます。

まとめ

学力は5割が遺伝、5割が環境です。そのため、遺伝で得手不得手というのはどうしても存在することになります。しかし、環境によりIQが変わるという事実から、その子の持っている能力を引き出してあげるのが親や教師の役割ではないかと考えます。規則正しい生活や、たくさんの経験、親自身の好奇心や学ぶ姿で子どもは必ず影響を受けます。その結果、大人が用意したものばかりではなく、自らが考え実行できるようになることが本当の意味での学力に繋がっていくのではないでしょうか。